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  • 執筆者の写真中山 孝一

LIBERTY FORCEとチムガナサ

更新日:2020年12月31日

今年ももう終わろうというのに見事な痛風(?)に襲われた。日頃の不摂生によることは重々わかってるが正月前に来るとは・・・実に情けない、身も心もズタズタだ、と言ってる場合ではないのだ

 今年のうちに書いておくことがある。いいことがなかったこの一年の最後の12月に二つの素敵な出会いがあったのだ。どちらもこれからの時代に希望を与えてくれるものだった。

 その出会いとは二人の若者の鋭い「感性」だった。

 先日、家人の勧めで、ある展示会に行った。場違いではないかと躊躇したが思い切って重い腰を上げた。会場は実にユニークなホテルで建物自体がデザイン化されて何か主張している風。入る前から期待が持てた。ここで展示を主催していたのが「照屋健太郎」という名だ。東京でのフアッション関係の仕事から数年前沖縄に帰って来たとたんに活躍の場を加速度的に広げている、沖縄の期待の星だ。

 「これ」と「これ」を足すと単なる2だが、「照屋健太郎」の場合は「これ」と「これ」を繋ぐのだ、そうすると可能性は何十倍、何百倍にもなる。繋ぐ物、「これ」は無数にあるので発想が止まらない、次から次に新しい何かが生まれてくる。

 その日彼と話していて最も感心したことがある。「世界から注目される沖縄へ」との思いだ。沖縄は世界の中でも特異な文化が根付いている。どのコンテンツをとっても世界から注目に値する。そのコンテンツをどう整理してわかりやすく世界へ向けて発信できるかが問われると思っている。急がずとも着実に沖縄の歴史文化、ウチナーンチュのアイデンティティーが伝わるように発信できればいいのではないか、「照屋健太郎」はそれができる。何故なら彼には「自由の力(LIBERTY FORCE)」がある。

 もう一人の若者がいる。これも最近、妻と娘から猛烈な勧めがあって出向いた展示会だった。その人の名は「宮城夏鈴」という。「チムガナサ・宮城夏鈴」写真展だった。これは行く前にメッセージを読み興味を持った。これも実にユニークな写真展だった。昔の琉球の民俗を宮城夏鈴自身が実写で表現したというもので、企画の発端はおばーに”愛してる”のしまくとばを聞くと”チムグリサ”(哀しさ)と答える。かたや”チムガナサ”(切ないほどの愛しさ)という解釈も知る。どちらも日本語にはない深さを感じる。心底思わないと出てこない言葉だ、それを共感しあっていた昔の人々がいた。その感覚を表現したいとの思いで行った企画は鋭い感性が溢れていた。

 その昔の状況を見事に美しく実写で現していて、その発想の斬新さには驚かされた。このユニークな感性を持つ両若者に触れ沖縄の未来に対し安堵感が溢れた。沖縄は復帰したあと急速な本土化が進み、経済優先の社会が沖縄の文化を後ろに追いやった。文化は長い長い年月の中で育まれるが、それを壊すことは一瞬でできる。戦後75年、復帰後48年になる。その間に失った多くの文化を掘り起こすことは困難なことだ、しかし、次代を担う若者たちが、今自分の足元を見つめ深く掘り起こしていけば間違いなくどこの世界にもないユートピアが出現すると確信する。そう、まさに「世界から注目される沖縄に」

 今回思い切って「照屋健太郎」「宮城夏鈴」の両者に触れ、2020年の最後に、この一年の憂鬱が一掃された気がする。昭和、平成、令和とそれぞれの時代を味わってきたが、これから更に面白くなりそうだから今しばらく元気な体で世の中を眺めてみようと思う。

 あれ!いつのまにか激痛だった足がおさまったようだ。


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