25年前のある日、とあるサケツクヤーのオヤジがいった。「今度の日曜、酒の空瓶4.5本洗ってうちの工場に持ってこい!」と、口の悪いオヤジはいつもこんな口調だ、新酒の試飲用かと思い、日曜の朝きれいに洗った一升瓶と三合瓶を数本もって工場へ出向いた。オヤジは入り口で猫と戯れていた。これ以上ないと思うぐらいの頑固な顔が見事にくずれていた。
二人は誰もいない暗い工場内を無言ですすんだ。木造の広い空間のすきまからわずかに陽が差し込んでくるだけで、オヤジは電気をつけようとしない。真ん中あたりにくるとコンクリートで盛られた台があった。上にはいろんなものが埃をかぶって雑然と置かれている。最初の作業がはじまった。「これらを(埃の被った新聞、雑誌、本等)移すが、また元の位置にもどすからしっかり覚えておけよ」という。黙って従った。すると何やらステンの蓋が現れた。番号キーがかかっている。
オヤジはポケットから懐中電灯と古いメモ帳をとりだした。「番号言うからこのキーあけろー」と、メモ帳に書かれた番号を一つ一つ確かめながら読み上げた。その通りに合わせると難なく蓋は開いた。すると又蓋があらわれた。二人は同じ動作で二つ目の蓋を開けた。これで終わりかと思ったらまだあった。三つ目の蓋が。これは難航した。メモ帳の字が薄くなっているうえに、鍵がさびて3か8か、9か0かがわからない、さらに錆がこびりつき回らない。はやる気持ちをおさえながら何度もやりなおした。ここまで来たら諦めはつかない、とにかく粘りに粘った。そしてついに鍵のピンが上がった。
三つ目の蓋をあけた。一瞬クラっとした。あまりの芳香の強さが脳天をぶち抜いた。ステンタンクの中には透明に光った泡盛が充満していた。香りを嗅いだり、何年ものかと確かめる余裕はない、ここからは時間との戦い、無我夢中で数本の空瓶にこの液体を詰め込んだ。そして、無事作業を終えた。おそらく何事もなかったような表情をしてただろう。オヤジも何事もなかったように煙草を吸った。戦利品は山分けした。そして、無言で解散した。
これが我が泡盛泥棒の顛末である。仕掛け人のオヤジは息子に後を継いだので勝手にはできない立場にあった。しかし、自分が仕込んだ酒がどうしても気になる。そこで僕を共犯者にしたてあげたのだ。タンクの中身は20年物の古酒であった。25年も前の事だから時効と決めつけている。証拠の物品はその後、身体中の皮膚から空気中に拡散されたから残っていない、残っているのは頑固オヤジとの思い出と三番目の扉を開けた時の芳醇な香りの記憶だけ。くわっちーさびたん、天国の武秀オヤジー!
頑固な顔でピンときた!春雨先代社長!