沖縄の中心地那覇、その中でもメインストリートの国際通りは映画館により復興が始まった。記憶の中でも、国映館、グランドオリオン、琉映本館、桜坂劇場、大宝館、らがあり、国際通りの命名にもなったアーニーパイル国際劇場があり、その隣は平和劇場と映画館が乱立していた。残念ながら現在は一軒の映画館もない、当時は東映のチャンバラもの、東宝の怪獣もの、若大将シリーズに酔いしれたものだが・・・最近は桜坂劇場の通りすがりにポスターを見て興味を示したものだけ鑑賞している。最近は沢田研二主演の「土を喰らう十二ヶ月」をみた。なかなか良かったので、原作の水上勉の「土を喰う日々」を病室で読んだ。
さて、その病室での最大の楽しみは映画鑑賞だった。といっても持参のiPadでプライム動画をベッドの上でひたすら見続けただけ、約6週間の入院生活で国内外の映画を50本見たと記録にある。ジャンルは様々、国内ものでは小津安二郎シリーズ「晩春」「お茶漬けの味」等、ビートルズやエルトンジョン等のドキュメンタリーもの、その他アメリカやヨーロッパのスパイもの、韓国の裁判ものから、沖縄の瀬長亀次郎までと、かなり幅広くみているが決してメジャーなものばかりではない、たまたま見たものに今でも印象に残るものがある。
「おばあちゃんの家」というタイトルのものがあった。地味な始まりだったのでどうかなと思ったが、やめられなかった。話は、韓国の片田舎の山奥の辺鄙な場所にこの「おばあちゃんの家」はあり一人で住んでいる。家はバラック小屋、電気、ガス、水道は通っていない、便所は大きめの陶器。水は山道を上り汲んでくる。少しの畑で野菜を作り町まで売りにいく日々、こんなおばあちゃん家に一人娘がいた。おそらくこんな村おらいやだーといって若い時に出ていったのだろう。その一人娘が都会から7歳の息子を突然連れてきて3ヶ月あずかってくれといって置いていく、この息子が散々わがままに育てられた子で、持参のインスタント食だけしか食わず、ゲーム機からは手を離さない、そして、おばあちゃんにあらゆる悪態をつく、おばあちゃんは腰が90度に曲がり、口がきけないし、読み書きもできない。
しかし、おばあちゃんはどんなに悪態つけられようとも決して怒らない、ケンタッキーのフライドチキンが欲しいと言い出すと、なけなしの金をはたいて町から生きたニワトリを買ってきて、それをさばいて作るがフライではなく蒸し鶏をになる、それをこれじゃない!と投げ返すし、ゲーム機の電池が切れたとき、おばあちゃんのかんざしを盗み電池代にしようとするし、破れた靴を治してあげても気に入らないからと履こうとしないし、狭い家をスケボーで走り回ったりする。そんな時でも決して怒ることはない。
しかし、そういうおばあちゃんの姿を日に日にみて少年の心にある変化が現れる。徐々におばあちゃんに心を開いていくようになる。という映画です。
この映画は20年前に公開されているが、田舎で不便な生活の中で素朴に生きるおばあちゃんと都会で何不自由なく生きる少年の構図は今もかわらない。今の世ゲーム機はスマホに変化している。そして、現代人の必需品といってもいいコンビニエンスストアーは田舎といわれる所まで進出している。これが便利な世の中になったというのだろうか。時代の流れというとそれまでだが、人と人との素朴なつながりは映画の中だけに留めたくないものだ
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