検索
  • 中山 孝一

鎌倉芳太郎のこと


先日香川から一年ぶりに豊田夫婦が小桜にみえた。数年前小桜に初めてみえた後は毎年のように夫婦で来られる。今回は同じく毎年来られる千葉の磯山夫婦ともご一緒できた。

 豊田さんは100年以上続く材木商で今は息子さんに継いだあとはロータリークラブの活動をされている。今回もその大会が沖縄であるのでそれも兼ねての来沖になった。いつも香川の日本酒をお土産にいただく、今回もやっと手に入ったよ、と嬉しそうに持って来られたのが、香川の銘酒「悦凱陣」の興という純米吟醸。

 初めて来られた時、香川には「悦凱陣」という美味しい酒がありますようね、と話したら来られる度持って来られるようになった。こちらは催促したつもりではなかったが結局そうなった。「悦凱陣」はその後入手困難の酒になった。だから嬉しそうな表情をして「やっと手に入ったよ」となったのである。今回初めて豊田さんが下戸であることを知った、そのぶん、店にいる皆でこの美味しい酒をいただいた。

 ところで、久しぶりにお会いして今回真っ先に話題になったのが去年の首里城の火災だった。その中で僕が一番の関心事の「鎌倉芳太郎」という人物の話がでた。香川の出身だった。首里城再建にはこの鎌倉の存在が大きくひかる。が知っている人は少ない、大正時代の首里城解体をこの鎌倉と伊東忠太という二人が取り壊し寸前でとどめた。この二人の調査検分無くしては1992年の首里城復元はなされなかった。以前より豊田さんはこのことに関心を持たれ首里城再建と共にこの「鎌倉芳太郎」をクローズアップさせようとの運動をしているようである。

 この話は多いに盛り上がりを見せた。僕がこんなにも鎌倉のことを知っていることにまず驚いていた。タイミングよく先日読んだ「首里城への坂道」のことも伝え、さらに鎌倉が調査のため捜し集めた紅型の型にまで及び、鎌倉が縁のある知念紅型研究所で私の娘が成人式の振袖をこしらえたことも伝えた。

 この「鎌倉芳太郎」を顕彰する碑を建てようと尽力されているようである。鎌倉の資料が多く残る県芸(沖縄県立芸大)にもその旨を話されたようだ、僕も賛同します、一緒にやりましょうと話は弾んだ。

 鎌倉にしてもそうだが香川県には逸材が多い、エレキテルの平賀源内や塩田を作った久米通賢等、今回そういう話も事前に準備してたが、鎌倉の話が大半でできなかった。しかし自分の関心事が、それを最も身近に感じている人と話すことは実に楽しいものだと感じた。また関心を持っていると自然にそういう人が現れる、ということもある。

 だから常に色々な方面に問題意識を持つことは大事なことだとあらためて感じた。先日燃えた後の首里城を見てきた。今、首里城再建の話が異常に早い速度で盛り上がりを見せている。が個人的な意見ではそうそう早く再建しなくてもいいと思っている。再建する前に沖縄県民にとって首里城とはなんなのかということを今一度考えるきっかけを、今回の火災にしてはと思っている。琉球王国の時代から日本の国に翻弄され続けられている沖縄。首里城もそうなのだ、ということを県民が知る必要がある。それを教えたのが沖縄の人ではなく、県外の「鎌倉芳太郎」と「伊東忠太」なのである。まず、この辺りをを知った上で首里城のある意義を考え、ウチナンチュのアイデンティティーを問うべきなのでは、と考える。

 首里城を経済の拠点より沖縄文化の拠点としての復興を望む

コザクラオンラインショップはこちら


21回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

密造酒をつくってみた

こう書くと穏やかではないが、化学の実験をしてみたといえば許せるかもしれない。先日から息子が泡盛をはじめ酒全般までに興味を持ち出し教えを乞うてきた。昔、竜宮通りのママさんたちの為にと作った”酒ができるまで”の簡単な資料で説明したがどうもピンときてないようだった。それなら実際に酒を作ってみよう、ならば分かりが早い。となった。というと密造酒の常習犯と思われそうだが、実はそうなのです。前科者です。 20数

ダイエットと栄養学

今年の11月より始めた減量作戦、現在変化は緩やかだが着実に落ち続け、体型の変化も感じ始めた。こういうことをやるといつも思うのはもっと早くから気づいとけばという後悔だ しかし何でも思い立ったら吉日で、もし今回気づかなければそれこそ手遅れになりかねなかった。身体から脂肪が少しづつではあるが抜けていく快感はいいものだ ところで、この減量計画の方法はカロリー計算だけに特化した。あくまでも摂取カロリーと消費

LIBERTY FORCEとチムガナサ

今年ももう終わろうというのに見事な痛風(?)に襲われた。日頃の不摂生によることは重々わかってるが正月前に来るとは・・・実に情けない、身も心もズタズタだ、と言ってる場合ではないのだ 今年のうちに書いておくことがある。いいことがなかったこの一年の最後の12月に二つの素敵な出会いがあったのだ。どちらもこれからの時代に希望を与えてくれるものだった。 その出会いとは二人の若者の鋭い「感性」だった。 先日、家

© 2014 by KOZAKURA