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  • 中山 孝一

グリーンブック


 グリーンブックとは映画のタイトル、久々にいい映画を見た。内容は、黒人の高名なピアニストが長期にわたりアメリカ南部を巡り演奏会のツアーを行う、それにともない運転手兼用心棒役を募る。そこにあるバーの用心棒だった。イタリア系の男を雇う、繊細なピアニストとがさつなイタリア男との奇妙な旅が始まる。というもの。

 時は1962年頃だから、まだまだ南部では人種差別激しく、黒人が踏み入れるというのは相当なリスクを強いられる。そこを敢えていくところにこの映画の見所がある。人種差別問題の突破口を開くという主人公の勇気を捉えている。この映画は事実に基づいているという。

 映画では随所に人種差別のあまりにも理不尽な光景が見られる。映画のテーマである、「グリーンブック」というのは、当時の黒人専用の旅のガイドブックという。全米で黒人専用の宿泊所、レストラン等が書かれてあり、そこへ行けば安心、それ以外ではどうなるかわからない

 人間は生まれた時からすでに差別に見舞われている。とはよくいわれる。容姿の差、貧富の差、才能の差、等、多かれ少なかれ差別はある。しかし多くは自分自身の理解と努力で越えられるもの、このようにアメリカでは国の制度ですでに人種差別は無くしているはずなのに、未だに黒人排他の風潮が根強く残ることに大きな違和感を感じる。

 私が住むこの沖縄でも、未だに日本国による差別にあえいでいる現状がある。明治に日本国より強制的にかつての琉球王国が処分され日本に組み込まれた。それは納得のいかない屈辱の処分だった。かつて一国をなしていた琉球は、あらゆる権利、文化、言語、教育等全てが剥奪され明らかに差別を強いられた。沖縄人は土人と言われた。

 それは現代でも続く、辺野古基地でのこと、いつものように反対派と権力側との小競り合いのさ中だった。ある大阪府警の警官が、地元住民に対し、「この土人が!」と発したという。警官は処分された。が、それで済む問題ではないということは明らかだ

 なぜこのような理不尽が近年でも起こるのか、誰の責任かを問う声がない、国の責任者はいつも口を濁らせる。この映画を見て思う。今日本国が沖縄に対して行う扱いは、アメリカでおこる、黒人への人種差別と同じようなものではないかと、根強く残る、日本と沖縄の違い、あらゆる意味でのこの違いが国の強固な政策に歯止めをかけない、アメリカのように、国民がその国民を差別するのではないが、結果としてそうなっているような気がしてならない。近代国家として民主主義をうたう時代には決してあってはならない問題である。

 昭和、平成から今年は令和の時代を迎える。どういう時代にしていくかは、これから国民一人一人の意識の持ちようで変わると思う。それは得体の知れない国家というものに依存するのではなく、主権である我々の主体性に関わると思うからである。どう考え、どう行動するか、そこからことは始まる。昨今、哲学不毛の時代と呼ばれて久しい、今こそ問題意識を強く持って新しい時代は個人個人が切り開いていく時代が、令和だと強く願う。


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