検索
  • 中山 孝一

二冊の本との巡り会い


 先日から、改めて、大浜 聡さんの「国際通り物語」を読んでいる。氏の取材力には読むほどに驚かされる。誰と誰がいつ、どの時間で、どういう会話があったのか、そしてどうなったのか、まではいい、普通はそこで終わる。しかし、それが本当であったのか、当時の文献、資料をとことん検証していく、その徹底した取材精神には恐れ入る。

 もう一人似たようなかたがいる。共同通信の論説委員で、現在二度目の宮崎支局長をしている、上野敏彦さんだ。上野さんの取材力もすごい、少しの話でも、すぐさま図書館に向かい検証する。この二人に共通点がある。フエイスブックでの書き込みが尋常ではない、一日に何度となく書かれ、写真もふんだんに載せられる。そこに真のジャーナリスト精神がみえる気がする。

 「国際通り物語」の中で引用された本で気になるものが二冊あった。一冊目は船越義彰氏の「なはわらべ行状記」、二冊目は牧港篤三氏の「幻想の街・那覇」である。以前からどうしても読みたかったが、両方とも廃版になっていたので、諦めかけていた。

 先日、たまたまジュンク堂へ寄ると、ロビーで、新春古書展という企画が開かれいた。もしかすると、と、この二冊を探してみた。沖縄関係の書が並ぶ棚を、注意深く目を皿にして探した。 程なく、「なはわらべ・・・」は見つけた。次に「幻想・・」、これは見当たらないので、古書店の主人に聞いてみた。本のイメージがあるので探してみましょう。と言って、探し始めた。が、やはり見つからなかった。

 古書店の主人というのは本が本当に好きなようだ、その店主は次に、近くにある古書店に電話して在庫があるかを確認してくれた。僕がこの「幻想・・」をよほど手に入れたいのだ思ってくれたのだろう、その動きを嬉しく眺めていた。電話の先は近くのうららという、沖縄一小さな本屋というので有名な店。そこなら知ってるから直接行ってみますといって、うららに向かった。

 うららは以前から気になっていた店だった。ついてもすぐには事情を明かさず店内を見回した。といっても棚が四つくらい、本好きな人間が、家の古い蔵書の書棚をそのまま持ってきたような古本屋だ。探しても見当たらないので店主に聞くことにした。するとすかさず、いまジュンク堂から、お探しの本があったと連絡がありました、という。すぐジュンク堂へ戻った、先ほどの店主が大事に取り置きされ、えらく恐縮されていた。

 この二店の店主どちらも、この一冊を求める僕に丁寧な感謝を述べていた。この一冊にかける思いがどちらにも伝わったのだろうか、なんだかとても幸せな気分になった。

 こういう、心の触れ合える商売に出会えるというのは、最近、滅多にない。その後、この二冊を大切に読んだのはいうまでもない。「国際・・・」と合わせて、この三冊によって、自分の足元、那覇に寄せる思いが一段と強くなった。

 この二冊には、不思議な縁がある。「なはわらべ・・・」の船越氏は、以前、ある異業種交流会で一緒になり、いろいろ勉強させていただいた。「幻想・・・」の牧港氏は、同級生の父である。本にも出てくるご自宅に伺ったことがあり懐かしく思った。


21回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

テレビが面白くない

ここ数年テレビをつけた数秒後には消しているということを多く感じる。その頻度が日に日に増していく。チャンネルを変えても見れる番組がない、それが朝からずっと続く 何がそうさせるの考えて見た。日々のテレビとの付き合いは、まず朝7時過ぎから日本放送協会のニュースをみて、8時からの連続テレビ小説とつなぐ、このパターンがかれこれ12年ほど続いているが、そろそろこの習慣を終えようと思った。原因はこのテレビ小説が

やちむん

沖縄では陶器のことを”やちむん”という、焼き物だからそのまま読んでやちむんになる。昔本土から来た人は、この”やちむん”になれなくて、この”ヤムチン”いいね~という言葉が飛び交った。今では、焼き物の街、壺屋は観光客で賑わう”やちむん通り”となり、ヤムチンという響はなくなった。ちなみに”みみがー”は”ミミンガ”だった。 約40年前、この”やちむん”に魅せられて、あっちこっちの工房を見てまわる日々が続い

沖縄大衆カルチャー酒場 小梅3

「沖縄大衆カルチャー酒場 小梅」はまだ開業していないがこのタイトルは三つ目になった。先日、沖縄でも緊急事態がでた。今回は昼飲みもできなくなった。自称「昼飲み推進委員会」委員長を名乗っている僕の活動の場がなくなった。実に寂しい! 昨年のこの時期、どうなっていたのかを見てみた。小桜は、初の緊急事態での休業要請を受け、4月6日から5月21日の解除まで46日間の休業を余儀なくされた。この間、デリバリー商品