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  • 中山 孝一

ポタリング

更新日:2020年5月20日


「のんびりする」「ぶらつく」「目的もなくゆっくりうろつく」ということを、自転車ですることを和製英語でポタリングというらしい

 家を出てどこを行こうというあてもなく、とりあえず漕いでみる。平坦な道を選ぶ、近場から漕いでみると、だんだん目的が見えて来た。海を見に行こう、前島から若狭方面に、若狭小学校でサッカーを見て、うみそら公園へ、壁でボール付きをやる中年、バスケをやる青年、浅瀬で釣りをする人、そうだ、ここでラケットとボールを持って来てテニスと壁打ちをやり疲れたらビール片手に読書をすればいいんだと、また一人遊びのメニューを思いつく。波の上神社では中国人や、初詣の人でいっぱい。そういえば今日、成人式だと気づく、帰りに母校の那覇中による。振袖の初々しい女子と、頭を丸め、眉を剃り、ハチマキに刺繍をあしらった袴のいつもの連中もうろちょろしている。校門前には昔、そういう姿をしていたことを忘れ、今は正義感ヅラをしている、親父の会の連中が、いかにも騒ぎは許さんぞーという構えを見せている。

 袴の連中に「おめでとー!」というと、照れ笑いながらも、大きな声で「ありがとうございます!」と来た。実に素直な表情がいい、振袖の3人にもおめでとー!というと、実にいい笑顔で感謝の言葉が返って来た。成人式はこうでなくてはいけない、監視するよりどんな姿でも、これからの人生にエールを送らなければ。成人式の青年と監視の親父たち、20年後は、この青年たちもこんなオヤジになっていくのか、と想像すると、思わず声を出して笑ってしまった。

 ポタリング。いいものだ、たまには目的もなく”ゆっくりうろつく”のも、今までの人生をゆっくり振り返る。先日、ポタリングとは違う自転車を漕いで見た。はっきりした目的のあることで

 その朝、銀行に住宅ローンの残額を確認、8月で終わる借金の残金を一括で整理しょうと思った。3時に近いので歩くより自転車だと懸命に漕ぎ、まず口座のある銀行でほぼちょうど下ろし、支払う銀行に向かった、予想通りの窓口のもたもたにイライラしながも、整理はついた。

 帰りの自転車は来た時より、ペダルは軽い。これからどこ走ろうかとも思ったが、いや、まずは一杯だろうと、とにかく家へ、その前に妻へ報告、重い肩の荷がおりたことの・・・30年の

 ポタリング、これからはこれでいこう、”のんびりする” あくせくしない、力を抜いてゆったりと事に処す。残りの人生はどこまでかわからないが、こういう姿勢でいけばまだまだ楽しめるのではないかと、 

 我が家からは4人の子供ができ、そして3人の孫もできた。一応、人生の道を着実にこなしている感がある。まだまだ道半ばではあるが・・・

 朝起きて空を見る。1日が始まる。まず生きている実感を味わう。今日1日の可能性を考える。そして動く、その連続が人生。「生きているってことは、いろんなことやるってことなんだからねえ。」と言ったのは、里見 弴、シンプルにして深い。

 ポタリングをやってみたらいろんなことが思いつく、さらなる脚力をつけて、これからどんどんどんどん、あまくま”ぶらつこう”と思う


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