top of page
検索
  • 中山孝一

更にピアノに取り組む


更にピアノ取り組む

 ピアノを始めて7年がたった。今64だから57のときからだ、その間ブランクがあった。だから始め覚えたものは、楽譜が読めなく手だけの記憶なので、弾けなくなったものも多く、もったいないと思う。が今年又意を決して始めた。

1月のイベント(寓話での結婚30年パーティーでのピアノ演奏)がきっかけで、7年前ミステイーとバートランドの子守唄とアズタイムズアゴーが出来たら死んでもいいですから教えてくださいと飛び込んだ西平音楽教室のことを思い出したのだ。

今回は寓話の屋良文雄さんのあとを継いだ次男のアーキーに指導をお願いし、ミステイーをはじめた。あきらめなくてよかったとつくづく思うことがある。それはこの年でピアノが出来る意外性が思いのほか他人に感動を与えることだ、当初恥ずかしさから電子ピアノでイヤホンをつけこっそりやっていた、が今は本物のピアノを臆せず弾ける。

弾いたものを自分で動画をとり他人に見せる。特に若い女子に見せる。自慢したいところを抑えつつ、しかし“顔つき”を確かにどうだ!という表情。こうして、「すごい!」という言葉から“いいね”をもらいモチベーションアップにつなげていく。少々誇らしげな気分になってくる。

さて今回のミステイーだが、これまで自分なりにやっていた習得法とは今回多いに違う。この年で無謀にも、音楽理論、ジャズ理論、コード理論等、音楽に関する基礎知識を学びたい、というところから始めたのだ。まあ何をやるにも年は関係ないが、昔から音楽全般が好きで聞いてはいるがこの挑戦はいつかやってはみたいと思っていた。今回は最後のチャンスだという思いだ。そこで効率よく学ぼうという発想から一回45分のレッスンを自分のペースに持っていった。

アイパットであらゆるピアノコードに関するサイトを検索して、まずコードの意味を理解する。まるで暗号のようなコードを解読する練習を繰り返し自分で赤まるをつけ採点した。久しぶりの学生気分は新鮮な感じが・・・少し理解が出来たところでミステイーの楽譜からコードを確認する。この作業を何回か繰り返した。家ではおもちゃのようなキーボードを購入、左手コードの練習に利用した。

こうして6回目のレッスンで全ての流れが出来た。右手のメロデイーはすぐに出来たので後はひたすら両指を動かすだけだ。しかし思い知った。これまで何気に聞いていた全ての音楽がこんなにも理論に基づき複雑に構成されていようとは。この空間は様々な音で満たされているが、全てが理論化できるということなのだ、それも世界中の共通認識のもとで、まさに音楽がもたらす力と影響力は計り知れない。

というわけでこれから又少しややこしいことへのチャレンジを始めることになるがこれからも“いいね”をとり続け豊かな人生を送れるようしたいと思う。


閲覧数:81回0件のコメント

最新記事

すべて表示

「父の詫び状」

本屋で「父の詫び状」というタイトルが目に入り即座に購入した。これまでの父(自分)としてのふるまいをどう反省し、どう詫びたらいいのか参考にしようと思ったのでは決してない。1970年代、「7人の孫」や「時間ですよ」「寺内寛太郎一家」等のドラマをヒットさせた向田邦子のエッセイだ。向田邦子は台湾旅行の際に飛行機事故で51歳の若さで亡くなった。 「父の詫び状」は、明治生まれの向田の父の話だ。どうにも崩れない

時の記念日に

ここ数年左手にはめていた電波時計が狂いだした。気候変動のせいか、安物のせいか。空のままの左手がなんだか寂しくなった。そこで次なる時計を考えてみた。別に時間に追われている生活ではないし、時計を必要としているわけではない、が、仕事に追われて時間を忘れていた頃よりも、時間が刻まれることが気になってくるのである。老い先短い心境というものか、時計の針の進みがどうも気になってくるのである。 あえて気にしょうと

bottom of page