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  • 中山孝一

piano


ある酒場で若いバイオニリストが言った、「バイオリンはスポーツです、小さいときから先生にしつこく何度も同じことを繰り返させられ体に徹底的に曲をしみこませる。それは野球、サッカー、体操、全てのスポーツと同じです。」と、それじゃーピアノも・・・

 5年前よりピアノを始めた。昔からの夢だった。が、57歳に成っていた。果たして指は動くだろうかと、でもとにかく始めなければ何事もはじまらない、実験だった。

 知人の紹介で沖縄ジャズ協会のピアノ担当の先生の教室へ行き、いきなり言ったのが。

「バートランドの子守唄とアズタイムゴーズバイとミスティが弾けたら死んでもいいですから教えてください!」と心では叫んだつもりだが多分普通の言い方、先生は怪訝な顔をしながらも、「じゃ、とにかくやりましょう、何からいきましょう?」と受けてくれた。

 これがはじまり、そこからの苦労話を少々はじめる。曲はのりのいいバートランドの子守唄を選んだ、これが大変、複雑なコードの多いこと、まさに死闘の始まり。

教室は45分で2000円の個人レッスン、時間はその都度お互いが開いてる日ということの週一、はじめは右手のメロディから、ここは曲知っているから指の押さえ方はでたらめでもある程度は、問題は左手、下手でも両手を使って初めて「ピアノができる」と思っていた。これから決死の覚悟でのぞむぞー!

まずコード選び、与えられた楽譜のコードをネットで選びそれを先生に見てもらう、何回かのチェックで決まったコードでひたすら練習の繰り返し、まさに冒頭のスポーツたる所以を思い知らされる。周りに迷惑かけないようにと電子ピアノもひそかに購入、イヤホーンをつけて汗だくになりながら頑張る。家族も今度は本気だなと今までと見方が変わる

そして頑張った成果、左手のコードが見なくても指が動くのである。得意げに先生を訪ねた。「じゃ、両手でやってみましょう」と言われて両手をピアノの上においた。ショック!

指1本すら動かない、全くのフリーズ状態、これはなんなんだ

これが実態、どうせ才能も無いものがこんな年からはじめても無理だろうと言い訳と諦めに入る。数年前ならこれであっさり止めている。ところが今回は違った。ゆっくりでいいから両手を動かした。すると序序に動き始めた。毎日頑張った。するといつのまにか両手がスムーズに動きだした。奇跡が起きた!         つづく


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