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  • 中山 孝一

牧志界隈を歩く その十一

最終更新: 2020年6月16日

 那覇のど真ん中にどうしてこんな空間があるの?と誰もが思う、一押しのスポットを紹介する。ここを知っとけばハナタカになること請け合いですよ、この道の名称を「パラの小道」と勝手につけた。「パラ」とはパラダイスのパラ、とパラレルのパラです。パラダイスには、楽園と天国の意味を持つ。パラレルは平行で交わらないという意味がある。そんなことより、そこが一体どこなのか説明しよう。むつみ橋交差点を少し沖映通りに入った左手に、焼肉の「バンボッシュ」がある。その手前を入ると、国際通りの都会的な空気から一転することになる。

 そこを少し行くと、創業40年の老舗「ホテル山の内」の裏手になる。ここからが「パラの小道」のスタート。登りのひび割れた小道を行くと、右手に立派な亀甲墓がある。その墓を覆うような木々が、この墓がもうシーミーも盆も関係ないことを物語っている。あちこちに岩肌が見えるが、石灰岩が隆起したような地形だ、戦後国際通りを作った時のここの状況がどうなっていたのだろうか思い浮かぶ。さらに進むと左にこの地帯の主かと思わせるような怪しげな屋敷が現れる、左手の高台に〇〇美容室と壁に書かれた建物がある。その奥は駐車場が下まで続くが、その真ん中にでっかい枯れ木が立っている。ガジュマルかなんの木かわからない程朽ち果てている。が、しっかり大地に根を生やしている。どれだけの風雪ではなく、台風に耐えてきたのか、牧志全体に根を広げているような感じがする。この枯れ木を「牧志の主(ヌーシ)」とした。

 もう少し進むと、旧山形屋で今はJALシテイホテルの裏に続き、パラダイス通りにつながる。ほぼ50メートルほどの小道だが、国際通りにいると想像がつかない空間がすぐ裏手にある、ということがわかってもらえると思う。

 さて、最初に書いた、「パラの小道」に対する屁理屈をこれから述べたいと思う。パラはこの先にある、パラダイス通りからと思いきやそうではない(パラダイス通りはいずれ詳しく)パラダイスには楽園の他に天国という意味もあると書いた。そう、ここは古墳群、あの世とこの世との境目と云えなくはないのだ、数年前、この森がまだ自由に入れたころ、日々の早朝の散歩はよばれるようにここに来たものだ、が、ある時から役所が封鎖をして入れなくなった。あの世との交流が途絶えた。

 一方のパラレルは、並行、平行という意味だ、この小道は国際通りとは交わりがなく平行線だ、ということは交流が無いとなる。国際通り、パラダイス通りが今の世の象徴なら、その間にあるこの空間はこの世との交流が途絶えた、あの世の象徴とする。どうでしょうか。

 ここで一つの提案がある。この地域、現在公園予定地として封鎖されているが、以前は国際通りからこの丘を越えてパラダイス通りにいける小道がいくつかあった。

 役所の計画では一挙に開発をとの方針か知らないが、いつできるかわからない計画を待つより、それまでの間、国際通りとパラダイス通りをつなぐ遊歩道のようなものを作ってはどうかという案だ。ここにも隠された文化財がたくさんあるはずだ

 僕が壺屋小学校に通っていた頃、「文化那覇市の中心地~♪♪♪」と歌った。そのはずだが、誰の記憶にも無い、今こそこの名曲(?)を復活させたいと思っている。


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