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  • 執筆者の写真中山 孝一

入院のススメ

 数年まえ、竜宮通りを歩いていると向こうから手を振って近づいて来た男がいた。顔は友人と似ているが体型が見違えるほど細くなっている。僕に向かって開口一番「お前、まだ太ってるなぁ、入院したらすぐ痩せるよ」という。「入院?入院までして痩せようと思わんなぁ」というとすかさず「ごめん、ごめん入所ムショ、入院はとっくの昔に卒業したんだった」という。昔から生粋の悪ではないが、いわゆるやらかすタイプでその時々で少年院にいき、大きくなっては刑務所でも世話になっていたようだ。

 

 久しぶりに出会ったその日は、数日前に出所してきたらしく、娑婆の空気が余程うまいのか満面の笑みをたくわえて話すことが、「ムショというとこはな、仕事もあって、運動もできて、食事は栄養があってうまいのがきっちり3回出てくるんだ、これで痩せないわけが無い、是非お前にもススメる。行ってこい!ところでちょっと飲みに行こうかー」と誘わられたが、どうしたらムショに入れるかの指南がきそうなので、丁重にお断りした。

 

 その彼は、その後しばらくしてあの世に逝った。長い間病を患っていたらしかったが最後まで好きなことをやり通したかったんだろう、亡くなる直前まで友人たちに顔をみたいからと連絡したらしいが誰とも会えずじまいだったと聞いた、とすると、あの時のぼくが最後の友人だったかも知れない、誘いを断ったことを後悔した。しかし、彼の忠告には結果として耳を傾けることになった。「入院のススメ」を意味は違えど入院に違いない。が、痩せるのが目的ではない。

 

 これまでの人生で一度だけ入院したことがある。それはそれは痛い思いをした。「痔」である。大痔主と言われ一ヶ月も入院した。しかし、病気だとは思って無かったので、その後病院に行くたびに入院経験無しとしていた。本当は「痔」の字を知らなくて「じ」と書くのは恥ずかしかったのだ、が、今回は本格的なやまいなのですべての書類をまともに書いた。入院の前の検査の度に同じ事を書く、この類いの作業はもっとも苦手だったが今回は自分でも観念したようだった。それしてもコロナ禍の入院はやっかいだなーと思ったが転じてこんなラッキーなことは無いなーに切り替わった。今の世重篤な病でも入院出来るとは限らない。有難いことだ。

 

 8月に入った途端にあれよあれよと事は進み、8月29日に入院をした、いや運良く出来た。それから3日間は容態のチェックをして、昨日9月1日から「抗がん剤」の投与がはじまった。三つの種類を時間を分けて入れるが他にも副作用を防ぐ点滴もあるのでポールは薬剤の花盛り、おまけに心電図の端末も携帯させられ、更におまけが、痛風発作が起きた。これでの移動はまさに地獄、昨日リハビリと言ってフロアーを一周ポールを引っ張り苦しみながら歩かされた。その姿は、さながら市中引き回しの刑だった。

 

 さて、初日の「抗がん剤」はどうだったかといえば、あれほど脅かされた割には何も起こらなかった。が、スケジュールをよくよく見ると苦しむのはこれからだよ覚悟しときなさいよ、と書いてある。今朝担当医師もこの事の念を押しにわざわざ来ていた。お楽しみのハゲは一週間後からだよ、とも、この空間をいかに楽しい場にするかは自分次第、である。

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