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  • 執筆者の写真中山 孝一

ラム酒にかける青春

 今から40億年前に地球が誕生して、その後5億年たって突然現れた一個の単細胞から派生して現在の地球上のすべての生き物の世界はできたという、目に見える動物界、植物界、目に見えない微生物にいたるまでたった一個の単細胞から生まれた。ということはこの世のすべての生き物は元をたどれば皆繋がっているということになる。これはもう俗にいう「人類皆兄弟」や「いちゃりばちょーでー」とかの次元ではない、そのへんをうろつくゴキブリやネズミ、うるさく飛び回るハエや蚊までもルーツは同じということになる。という話を聞いた。だからといってそんな生き物も大切にしようという気にはどうしてもなれないが・・・

 そんなところから(?)酒について考えた。今の世いろんな酒があふれすぎて酒がどうしてできたのかとややこしいことは考えないで酔うことに専念する。「昔実験室で使ったアルコールと同じでしょ」と思っとけばことはすむ、ビールの原料?泡盛の原料?ハイボールはどうしてできるのか、なんて考えたこともなかった。難しいことはいいから楽しく飲も!といって飲酒歴数十年のベテランがなんと多いことか、ところがどんな酒でも我々と同じ祖先の微生物が大きく関わっているはずなのだ。

 ラム酒は世界中にある酒の代表だが原料は”さとうきび”だ、沖縄ではウージという、どこに行ってもウージ畑が見られ沖縄の基幹産業だった。これだけラム酒の原料が豊富だったら何もタイから米を輸入して泡盛を作るよりラム酒を特産にした方がいいのではと思ってしまうが・・・

 ところが、沖縄での砂糖の歴史は一筋縄ではいかない事情がひしめいていた。作っても作っても自分らの自由にはできず常に搾取されまくった歴史があった。それは今でも残る。

 そんな複雑な事情のある世界に飛び込んだ若者がいる。「仲里 彬」これまで泡盛業界に身を置きながらも果敢にチャレンジの枠を広げ沖縄の酒作りのポテンシャルを上げつつ世界に発信し続けている。その彼が今挑んでいるのが黒糖でつくるラム酒。さとうきびから砂糖を分離して残る廃糖蜜で作るのがスタンダードなラム酒ならば、さとうきび全ての養分を含んだ黒糖で酒を作る。ということは、いうならば玄米で仕込んだ日本酒のような物、珍しくもあり技術的にも困難だ、そこからさらに一歩上の課題を与えようとする。

 沖縄の本島には黒糖製造業者は一つもない、昔からの制度上八つの離島に分散されている。(伊平屋島、伊江島、粟国島、多良間島、小浜島、西表島、波照間島、与那国島)それぞれの島の風土から育まれたサトウキビから個性的な黒糖ができる。生産量は島によって違う、ラム酒を作るなら全ての黒糖を混合して仕込めば効率的に良さそうだが、「仲里 彬」はここからこだわる。八つの島独自の黒糖を使ったラム酒を作ろうと、島々の黒糖の個性を引き出そうと考えた。今の大量生産、大量消費の時代に真っ向から挑む姿勢だ。

 かつて、ぼくも両親の故郷(奄美)に想いを寄せ「奄美の黒糖焼酎」を店に並べたことがある。その際黒糖について調べたことがある。見えたのは国のいびつな制度だった。奄美には黒糖焼酎をつくる原料の黒糖はなくすべて沖縄からの移入に頼っていた。奄美の黒糖は白糖へと政策が切り替わっていた。しかし、仕入コストが合わず徐々に海外ものにシフトされる。奄美と沖縄は共に「黒糖地獄」という歴史を味わっている。小さな離島が抱えるどうしょうもない宿命だ。目の前に大きな壁が立ち塞がっている現状を知った。

 現在も黒糖事情は厳しいものがある。しかし、その中で黒糖ラム酒に果敢に挑む「仲里 彬」のパッションに沖縄の明るい未来が見える。沖縄の若者たちがオンリーワンの沖縄の酒文化(泡盛を軸とする様々な酒創り)を世界中に発信できる体制が整いつつある。よって当方もそう簡単にはグソー(あの世)にいけなくなった。見届けたい。

 ちなみに、酒はすべて我々の祖先と同じ細菌たちが発酵という仕事を通して生まれたもの、グラスの中で繰り広げられる細菌たちのドラマや、それらを作り出した人々の顔や土地の風土を思いながらの一杯はまた格別なものがあるでしょう。酒はロマンを創り出す。


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