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  • 執筆者の写真中山 孝一

ダイエットと栄養学

 今年の11月より始めた減量作戦、現在変化は緩やかだが着実に落ち続け、体型の変化も感じ始めた。こういうことをやるといつも思うのはもっと早くから気づいとけばという後悔だ

 しかし何でも思い立ったら吉日で、もし今回気づかなければそれこそ手遅れになりかねなかった。身体から脂肪が少しづつではあるが抜けていく快感はいいものだ

 ところで、この減量計画の方法はカロリー計算だけに特化した。あくまでも摂取カロリーと消費カロリーの差だけを考えた。しかしやっていくうちに様々な問題意識が芽生えてきた。僕を含め現代人の「太ることと痩せること」の問題に疑問を感じ始めてきたのだ。

 この世の中太る原因は周りを見渡せばいくらでも転がっている。腹が減ったからといって、ラーメン屋に飛び込む、沖縄そばを食う、カツ丼を食べる、カレーを食う、てっとり早い食べ物に飛びつく。夜は酒につまみは食べ放題。スーパーに行けば欲しものは何でも手に入る。こうして無自覚になんでも口に放り込むことになる。と、ここまでは「国民を太らせる経済」が発生する。

 太り出したと気づいたあとは、これを食べたら3日で絶対痩せる、これだけを飲めば1ヶ月で8キロ痩せる、というものに手を出す。更にジム通いが始まる。何ヶ月で必ず何キロやせるという保証があれば誰でも行きたくなる。ネットを見れば、痩せる筋トレ、痩せるダンス、痩せるヨガ等は百花繚乱。更に、世界の奥地から痩せる食材を探し出してくる企業も現れる。と「国民を痩せさせる経済」が発生する。


 この両者に国民は振り回され、太ったり痩せたりを繰り返す。これに「健康産業」というものが加わるともう大変、我が身の健康まで企業に託さなければならない社会になっている。

 これほど現代人は「太る」「痩せる」「健康」というキーワードに敏感というよりも、ある種強迫観念を持たされているのではないだろうか

 現代は人類史上経験のない「飽食の時代」といわれている。飽きるほどの食が溢れている。だから何を口にすれば自分の体がどうなるかの意識はない、とにかく美味しいものを食べたいとなる。


 昔、「栄養失調」をいう言葉があった。それは貧しいゆえに満足のいく栄養食が取れないということであった。しかし、この現在の「飽食の時代」でもこの「栄養失調」は存在しているらしいのだ、それは皮肉にも飽食が原因。自分の好きなものを食べられる世の中では誰も栄養バランスを考えようとはしない、ゆえに多くが偏った食事の取り方をする。体が要求する栄養を入れないために体内の栄養バランスがくづれ栄養失調になる。


 前述のように、現在様々なメデイアやネットでは食や健康についての情報が錯綜していて、何が正しいか、何が間違いか、何を選べばいいか、何を信じればいいか、が全くわからない。

 そこで考えてみました。

まず、世に飛び交う情報を一度遮断して、依存せずに自分の身は自分で守ろう、という意識に変えること。 それには基本的な栄養学を学ぶこと、例えば、三大栄養素(炭水化物、脂肪、タンパク質)を取れば事足りると思われている人がほとんだが、この栄養素を吸収するには13種のビタミンと16種のミネラルが必要ということを知っている人は少ないと思う。

 これだけでも知ればこれからのメニューが一気に変わること請け合いです。



 と、最近仕入れたばかりの知識をひけらかしました。今年はコロナ元年、まだまだ続く様相です。だから自分の身を守るためにも、免疫力をつけるためにも自分なりの努力が必要だと感じた次第です。

 来年は、健康元年としてスタートするつもりです。



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