top of page
検索
  • 執筆者の写真中山 孝一

クルーズ船のその後

 人類の巨大建造物へのあこがれは地上から海上へわたったのか、クルーズ船べリッシマを目の前にしてそう感じる。きらびやかなエレベーターホールからの船室へはどこのホテルかと思わせ、船内を散歩してみると、高級店が並ぶ90mに及ぶプロムナードにはいくつものレストランやバーが立ち並び、まるで東京のおしゃれな一角がそのまま移ったような空間をみる。外へ出ると大小のプールやジャグジーと巨大なウオータースライダーも、さらに体育館やトレーニングジムも完備、そして大人にはカジノルーム、子供にはキッズルーム、シアターではミュージカルからマジック等のパフオーマンスが日替わり、と、レジャーとエンターテイメント性は半端ない

 食事は24時間食べ放題、日本料理、台湾料理、洋食等がそろい、時間を気にせず食べられ、食後のプールサイドでは常にエアロビクスが行われる。夜はどこかしこででダンスパーテイーが開かれていて、まるで大人と子供の楽園がパッケージ化された巨大なお船という感じだ。決して乗客を退屈させないような仕組みがつくられている。ところが、4日目あたりになるとさすがに当初の驚きが冷めはじめ、日常が戻ってきた。参加型ではない傍観型の僕にとっては・・・

 そこで退屈しのぎに持参した本を読むことにした。これじゃいつもと同じじゃんと言うことなかれ、孫たちがはしゃぐプールサイドのデッキチエアーで横たわり、大海原を目前にして読む「トムソーヤの冒険」はそのまま本の世界に入り込むような素敵な時間だったのだ。


 ところで台湾からの帰途の航路ではこの巨大な船にしてはかなりの揺れを感じたものだが、ひょっとしてそれは昼夜問わずはしゃぎたてる数千名の乗客たちのせいだったのかも・・・

 

閲覧数:44回0件のコメント

最新記事

すべて表示

「父の詫び状」

本屋で「父の詫び状」というタイトルが目に入り即座に購入した。これまでの父(自分)としてのふるまいをどう反省し、どう詫びたらいいのか参考にしようと思ったのでは決してない。1970年代、「7人の孫」や「時間ですよ」「寺内寛太郎一家」等のドラマをヒットさせた向田邦子のエッセイだ。向田邦子は台湾旅行の際に飛行機事故で51歳の若さで亡くなった。 「父の詫び状」は、明治生まれの向田の父の話だ。どうにも崩れない

時の記念日に

ここ数年左手にはめていた電波時計が狂いだした。気候変動のせいか、安物のせいか。空のままの左手がなんだか寂しくなった。そこで次なる時計を考えてみた。別に時間に追われている生活ではないし、時計を必要としているわけではない、が、仕事に追われて時間を忘れていた頃よりも、時間が刻まれることが気になってくるのである。老い先短い心境というものか、時計の針の進みがどうも気になってくるのである。 あえて気にしょうと

Comments


bottom of page