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  • 中山 孝一

ぼくと泡盛 3

 泡盛に関心をもちだした頃、なぜかその副産物にも興味をもちだした。泡盛の蒸留後の残留物、蒸留カスのこと、業界ではカシジェーといわれるものです。昔は豚の餌として重宝されていたが、今は引き取る養豚業者はいない、仕方ないので海に捨てる。いわゆる海洋投棄。だがあまりにも栄養分が高いので海はすぐにプランクトンが大量に発生して赤潮という現象が起きる。それにより海の生態が崩れるというので、この海洋投棄は禁止になった。んで、やっぱり仕方なく、こっそり山中に埋めるという業者も出てきた。という話をある杜氏から聞きました。

 そんな頃、沖縄工業試験場に照屋比呂子さんを訪ねた。この方は泡盛を科学的に分析し、その価値をわかりやすく伝えるということを熱心にされていた方です。その日はこのカシジェーについてお聞きしました。やはり、この件は業界で一番頭がいたい問題であると云われた。が見方を変えれば、このカシジェーはものすごい可能性を秘めている。ということも言われました。

 それより以前、ある蔵元を訪ねた時、若い杜氏が言ってたことを思い出しました。このカシジェー、泡盛より高い価値を持っているかもしれませんよ、と

 もう少し突っ込んでみようと思い、久米島の久米仙にこのカシジェーを分けてもらえないかと言ったら、すぐに店の前に一升瓶のケースが3箱届いた。びっしり詰まったカシジェーが一升瓶で18本入っていた。

 早速一本開けると、むせるような酸味が立ち込めた。黒麹菌が発するクエン酸の酸っぱさは半端ない、このクエン酸のおかげで泡盛は真夏でも仕込むことができる。この酸っぱさに勝てる雑菌はいないだろう。

 しかし、これだけの大量のカシジェーどうすればと、今度はこっちが頭を抱えた・・・

 さらに興味はすすんで、西原にある石川酒造場を訪ねた。ここの石川信夫社長は、東京農大出のアイデアマンとの評価高く、業界でも初めてこのカシジェーに着目した方である。酒造場を訪ねた時、社長はテニスウエアで現れた。これがここの制服かと思いつつも、沖縄県テニス協会の会長であったことも思い出した。どうやらテニスの合間に仕事をしているらしい。が、その後は社長の自信のある説明が延々と続いた。曰く、カシジェーを日本酒業界で使う酒粕作りの機械で絞る。液体と固体に分かれる。その固体を乾燥してチップ状にすれば、豚の飼料になる。液体は酸味を抑えて飲みやすくすれば栄養豊富な優れた健康飲料になる。これまで廃棄していたものが、宝に変わる。ということ。

 しかし、この宝物(もろみ酢と云う)が世にでるには相当な時間がかかった。まず沖縄では売れなかったようだ。ところが、突然にしてブレイクしだした。それはある本土の会社がこの商品に目をつけ一気に販売網を広げた、特に女性週刊誌の広告で広く展開されたようだ。美容、健康、ダイエットと謳えば一挙に飛びつくもので それ以降、沖縄の泡盛業界は俄然、この宝物に飛びついた。泡盛酒造業からもろみ酢造業へと邁進した。しかし、いつの世もこういう時にはよからぬ業者が出てくるもので、一般の酢でごまかすまがい物も横行しだした。慌てた泡盛業界は急いで、「琉球もろみ酢事業協同組合」なるものを立ち上げ、製法の基準を設け、悪徳業者を追い出すことに成功したのであります。「琉球もろみ酢」の誕生です。

 ところで、頭を抱えた18本のカシジェーのその後はというと、棚の一升瓶のほとんどが見事に泡を吹いていました。発酵中なので中はシャンパンと同じ状態、真夜中誰もいない店で見事に栓を飛ばし元気に暴れまくったもろみ酢たちを想像すると、確かに人間にもたっぷりの元気を与えるんだろうな、と思った次第です。

 泡盛は表も裏も十分な価値がある。という話でした。


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