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  • 中山 孝一

おふくろの味

 おふくろという言葉は、もはや死語だろうか、「おふくろの味」となれば更に遠く、昭和の匂いがしてくる。あの当時「やっぱ、おふくろの味が最高だよな」とか「これ、うちのおふくろの味にそっくりだ」とか、やたら「おふくろの味」のフレーズが聞かれた。一説にはマザコン男子の特許とも・・・否めない

 そもそも、「おふくろの味」という実態はなく、その味は千差万別、それぞれが持つ記憶が、味の決め手となる。最近の調査では若者の「おふくろの味」はダントツでカレーライスと出た。

 なぜ、「おふくろの味」が思い出されたかというと、朝のNHKの連続テレビ小説「カムカムエブリバデイ」にある。この中で”おはぎ”というものが出てくる。「美味しゅうなーれ、美味しゅうなーれ」と言いながら、小豆をたく、結構難儀な作業だ。これを見て思い出されたのが、我が母もお彼岸の時期になると同じことをしていたのである。母のは”ぼたもち”といった。調べると”ぼたもち”は春、”おはぎ”は秋の彼岸だとか、その”ぼたもち”だが、一個がやたらでかいのである。子供にはあんこときな粉を一個づつ食べれば充分すぎた。しかし、それをこれでもかというぐらい作り続けるのだ。あの時代だから無理やり食わされる。年に2回の贅沢品だ。

 沖縄には、”ぼたもち”も”おはぎ”も作る風習がなかった。そのせいかその時期なると張り切っていっぱい作り、方々に配っていた。思えば、あれが我が「おふくろの味」の一つになるのだろう。もう一つの「おふくろの味」はツワブキの煮物だ、ツワブキの繊維を何度もゆがきながらとる作業を、手を真っ黒にしながら延々としていた。「おふくろの味」はどうしてもこの二品が思い浮かぶ、どちらも、昨今の時短・簡単料理とは真逆の、手間と暇を惜しまず作ったものだ。

 妻に聞いた。あなたの「おふくろの味」は?と即座に”ソーキ汁”ときた。同感だった。妻のおふくろの作る”ソーキ汁”は絶品である。伊江島に帰ると、常に”ソーキ汁”が迎えてくれる。その度に癒される。「おふくろの味」とは、自分なりに考えた。それは”愛情たっぷりに手間暇かけた、心が和む味”と

 しかし、時代に応じて「おふくろの味」の風景も変わっていくのも致し方ないので、安易な懐古に浸るのはここまでにして、我が家の「おふくろの味」を取材してみた。

長男(亮):イナムドウチ  

次男(祐作):イナムドウチ、クーブイリチー、中味汁

長女(美華子)ベルリン在:クーブイリチー こんなコメントもあった。「これとこれ入れて、塩、醤油をちょっと入れて、あれを適当に入れるだけ」というのが最高にうまい、要は、レシピに頼らず、ある材料を思いつきの味付けで作ったものが一番、と

三男(潤也):イナムドウチ 彼のコメントはこうだ

この世でこれしか食べれないってなったら、おかんのイナムドウチを選ぶ。沖縄県民であることとおとん、おかんの息子であることを確認させられる味、ときた。

 どれも沖縄の伝統料理である。ウチナーンチュとしてのアイデンティティを食で感じ取ればこれ以上のものはない。ちなみに、私の「おふくろ(妻)の味」は中味汁である。

イナムドウチ:豚肉とかまぼこ、しいたけ、こんにゃく等を甘い味噌で仕立てた汁物。

クーブイリチー:昆布を細切りにして豚肉、こんにゃく等と炒めたもの。

中味汁:豚の内臓と椎茸等と合わせた澄まし汁。昔は豚の内臓(大腸、小腸、胃袋)を洗うのが大変な作業だった。それをここまで上品に仕上げた先人の知恵は誇りである。      ソーキ汁:ソーキ(豚のあばら)に、昆布、大根等が 入った汁物。   

                                      以上

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